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東京高等裁判所 昭和52年(く)203号 決定

少年 K・Y(昭三三・一・三生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣意は、附添人○○○○作成名義の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

事実誤認及び法令適用の誤りの主張について。

まず、所論は原判示第二の事実について脅迫の事実はないと主張する。そこで、関係記録を検討すると、原決定記載の各非行事実は(所論の点を含め)優にこれを肯認することができ、同認定を左右する証拠はない。なるほど、原決定が第二に判示した少年らの言動は、それだけを切り離して取り上げると、告知の対象となる害悪の内容が具体的に明示されているとはいえない。しかし、少年らの右言動は、原判示第一の脅迫と接着した日時に、同第一の支払約束の一部履行を求めるためになされたものであり、右言動の内容に徴しても、被害者Aが右第一の脅迫によつて受けた畏怖の念につき、これを維持・強化させるに十分であると認められる。したがつて、少年らによる原判示第二の言動は、同第一の脅迫と一体となることによつてこれと同趣旨の害悪を暗に告知していると認めるのが相当であり、右言動が恐喝の手段たる脅迫に当たることは明らかである。

次に所論は、原決定が同判示の非行事実のうち、第一の事実に刑法二四九条二項を、第二の事実に同法二五〇条、二四九条一項を適用しているのは誤りであり、両事実は包括して一罪を構成するに過ぎないと主張する。なるほど、原決定の記載によれば、その法令の適用は所論のとおりであり(但し刑法六〇条を付加。)原決定は非行事実第二を別罪と解しているものと考えられる。しかし、原判示の事実関係に照らせば、たとえ、右第二の事実が一応刑法二五〇条、二四九条一項の構成要件を充足するものであるとしても、これを別罪と解することについては、なお所論のような疑いがないではない。しかしながら、本件においては少年の非行の実質は右第一の事実にあり、これにつき刑法二四九条二項の罪が成立することは明らかであるから、仮りに原決定に所論のような法令適用の誤りがあるとしても、処断刑確定の要をみない保護処分決定の性質にかんがみ、右の誤りをもつて直ちに原決定を取り消すべき事由とはなし難い。論旨は、けつきよく理由がない。

処分不当の主張について。

所論は、少年を中等少年院に送致することとした原決定は、性急に過ぎ、適正、妥当でないというのである。そこで関係記録を調査するに、これによつて認められる本件非行の内容、少年の性格ないし行状、行動傾向、生活歴、家庭環境、保護観察の状況等にかんがみれば、原決定が「処遇理由」の項において説示するところは、当裁判所においても、おおむねこれを相当として是認することができる。所論に徴し、原決定の第二の事実に関する前記問題点を含め更に慎重に考慮しても、右の結論を変更すべき事由は何ら存しない。いずれにしてもこの際、少年を施設に収容して、矯正教育によりその健全な育成を図ることが適切であると認められるから、少年を中等少年院に送致することとした原決定は相当であり、原決定にはなんら処分の著しい不当はない。論旨は理由がない。

よつて、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡村治信 裁判官 小瀬保郎 南三郎)

参考一 抗告申立書

抗告の趣意

一 原決定には重大な事実の誤認及び法律適用の誤りがある。

原決定は本件非行事実として、昭和五二年六月九日新潟市○○○○○町××××番地○○○○○○○○○○における判示第一の恐喝のほかに、同月一〇日同市○○×丁目○○駅前○○○○○○○における判示第二の恐喝未遂の二個の非行事実を認定している。しかし、右判示第二に掲げられている少年らの言動自体は、何ら人をして畏怖の念を生ぜしめるものではなく、約束の金を持参しなかつた被害者に対し、単にその真意を問いただす程度のものにすぎないし、本件事件記録の一切を精査しても、少年らが判示第二の場所において、明示的たりと黙示的たりとを問わず、被害者を畏怖もしくは困惑せしめるような言動をしたと認めるに足る資料は全くない。もともと少年らは判示第一の恐喝行為によつて被害者に財物の交付を約束させ、次いで判示第二の場所においてその財物の交付を得ようとしたが、被害者の拒否によりその目的を遂げることができなかつたものであるから、第一の行為と第二の行為は包抱して一罪を構成するにすぎないのである。従つて本件非行事実に対しては刑法二四九条第二項か、もしくは同法二五〇条及び二四九条第一項のいずれかを択一的に適用すべきものである。原決定は事実を誤認し、ひいては法律の適用を誤つたものといわねばならない。

二 少年を現時点において直ちに施設に送致することは、左記諸事情を考慮すると性急にすぎ、原決定の処分は適正、妥当であるとは思われない。

(一) 少年が家出をし、テキ屋○○組幹部と称するBの若衆となり、同人の舎弟F方に寝泊りするようになつたのは、本件非行の僅か一月余前にすぎない。従つて少年が暴力団ないしはヤクザ組織の紐帯によつて、抜け難いほどこれにしばられてしまつたというわけでは決してない。しかも、少年に対する鑑別結果通知書添付の行動観察票の記載によれば、少年は両親に面接した際母の説論に対し、涙を流して改悛の情を示しており、また調査官の少年調査票及び担当保護司○○○○に対する電話聴取書の各記載によれば、少年は調査官や保護司に対し、ヤクザ組織より身を引き今後はまじめに働くから少年院には送らないでほしい旨供述していることが明らかである。少年がこのようにその非を悔いヤクザ組織から真に身を引くことを決意している以上、保護者と保護司などの適切な処置により、場合によつては警察当局の協力を得ることによつて、少年の右決意を達成することは決して至難なことではない。原決定は、前記組織から隔離するためにも少年を施設に収容することが重要である旨を強調しているが、少年を真に右組織から隔離するためには、少年を施設に送致する以前にこれを達成することが望ましい。何となれば、ヤクザの世界においては刑務所や少年院こそ彼等の勤務評定の決定標準となり、地位と身分を昇格させる重要な理由となつているからである。

(二) 少年の家庭環境が少年の非行を克服し、これを更生せしめるための環境として、少年院に劣るとは思われない。少年をして非行を克服させるには、できるだけ他律的干渉を排してその自覚的活動に期待すると共に、何よりも肉親による愛情と保護が必要である。少年の継父は、その母との結婚に際し、少年を決して邪魔者扱いにしないとの誓約をし、現在までこれを守り続け、病弱な年上の妻を大切にし、少年に対しては実子に対すると同様の、否それ以上の愛情をもつて接しており、少年の再度にわたる非行にもかかわらず、少年を決して見放すことなく家族ぐるみの愛情と努力によつてこれを更生させたいと決意しており、しかも少年に対する保護監督能力において他の一般の父親より特に劣るとは思われない。原決定は、継父が少年が反社会的集団に加入したことを知りながら何ら有効な手段を講じることができなかつたとして、その保護・監督能力の欠如を推認しているが不当である。前述のように少年が組織に加入していたのはきわめて短期間にすぎず、そのため保護者として事態を充分理解する余裕がなかつたものであり、また前記Bが本件非行の発覚と同時に行方を暗ましてしまつたのであるから、同人と交渉してこれとの関係を断たせる等の処置を講ずることもできなかつたのは当然である。一方少年は継父を心より敬愛しており両者の間には何ら問題はない。少年を直ちに少年院に送るよりも、この継父のもとに少年をもう一度復帰させ、その愛情と保護のもとに、専門機関の適切な援助を得て補導を進めるのが最も適切であると確信する。

(三) 原決定は、少年が昭和四九年三月二八日保護観察に付された後一年を過ぎる頃から更生の意欲と努力を欠き、持前の怠惰癖が出て、怠業・転職を繰返したと判示する。しかし、少年が怠業・転職を繰返したのは、果して少年の怠惰癖や意欲と努力の欠如のみが原因であろうか、疑問である。少年の就職先は主として塗装関係であるが、いずれも零細企業のみである。これらの企業はいわゆる石油ショック以来不況のどん底にあり、賃銀、身分保障などの労働条件が劣悪であることは周知のとおりである。せつかく就職しても仕事がないことも珍らしくないはずである。休職や転業を余儀なくさせる社会的、経済的要因を度外視して、これを少年の性格にのみに帰せしめるのは不当、苛酷と言わざるを得ない。少年調査票の記載によれば、昭和五一年五月頃少年が最後に勤務したのは○○○○店(塗装屋)であるが、同店に二ヵ月位通勤した後仕事が切れて遊んでいたとある。少年の転落はおよそその時期に始つたものと思われる。前述したように、少年は、調査官と担当保護司に対し、塗装関係の仕事に再び就き、まじめに働きたいと誓つている。少年に適した、しかも安定した職場に就職させることにより、先ず少年に更正の機会を与えることが肝要であり、少年院送りを急ぐ必要はない。

(四) 最後に、原決定は少年が自己中心性、顕示性が強く意思による抑制力が弱い等の性格的欠陥を指摘する。しかし、右の如き性格的傾向は精神的に未成熟な青少年一般に見られるものであつて、本件少年に特有なものではない。社会的経験を経るに従つて、これらの傾向は徐々に克服されてゆくものであることは確実である。少年の右の如き性格的傾向と本件非行を短絡させる原決定は承服し難い。

なお、本件非行の被害者は、少年とは年齢の隔りの大きい分別盛りの三八歳の壮年であり、妻帯者でありながら無思慮な未成年の女子と肉体関係を持ち、これをめかけ扱いにし、果ては暴力を振うような不道徳かつ卑劣漢であり、暴力団との繋りのあることをも推測せしめるような人物である。財産的な被害も発生していない。右少女から救いを求められたのが本件非行の直接の動機である。少年がこれを金銭に結びつけようとしたことは、きわめて遺憾ではあるが、本件非行が原決定が判示しているほど、きわめて悪質であるとは断言できないものと考える。以上

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